2005夏 アジアエクスポージャツアー報告
今回はちょっと大人数・・・なんと70人でアジアを旅して来ました! NEXT
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エクスポージャとは何か?
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| 私たちは、何かある事象をとらえるとき、自分の中にある規範や社会的常識とされる枠にあてはめて判断しようとしがちです。とくに日本では、いつでもどこでもモノがあふれ、世界中の情報がかけまわり、何でも知っているような気になることができます。私たちの行動や思考といったものは、そういった環境の中で知らぬうちに規定されることが多いのではないでしょうか。 しかしそれでは、主体的な自己による思考や創造はそがれ、そこにある現実は覆い隠されてしまい、現実のありのままを「見」「聞き」「感じ」「知り」「読み解く」ということは困難になってしまいます。 エクスポージャツアーは、まず現場へ赴き、そういった殻(規範意識)を脱ぎ捨てて、その世界に自分をさらけ出すことから、目の前の事象や自分を取り巻く現状をありのままに見つめようという試みです。この新しい体験活動では、既存の概念や知識よりも、その場で自分が感じたことがすべての出発点であり、そこにある現実を知識化するプロセスを経ることになります。 |
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ミーティングの様子(ベトナム・ドンナイで) |
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参加者の感想から |
「キリングフィールドには、ポルポトに殺されたブティさんやワンダさんの家族がまだ眠っているのかもしれないと思うと何にもいえず立ち尽くしてしまう」 「キリングフィールドでは、普通に骨とか落ちていた。ブティさんの話の中の「あの時は、カンボジア全てがキリングフィールドみたいだった。自分も難民としてガリガリでお腹はポンポンで歩けなかった」と聞いて、36歳のブティさんがそのような体験をしていることに驚いた。(ツールスレン)博物館ではポルポトに対する怒に近いものを覚え、(虐殺されていった)写真の人々は何を考えていたのだろう。 ポルポトはなぜこんなことをした?それに尽きると思う。ポルポトの描いていたものは!?言葉が見つからない。カンボジアの人々も、30年考え、それでも何も分からないから考えることをやめている気もする。『忘れたい』と思うことは分かる気はするが、一生忘れることはできない。こんな矛盾がたくさんあるなぁ。ポルポトのパリ大学時代に何かがあった気がするんだけど・・・ポルポトの意見を聞かないと、なんともいえませんわ」 「キリングフィールドを買収した日系企業はいったいどういうつもりなのかわからない。売却したカンボジア政府もどうなっているのか?」 「ベトナム人はアメリカをどう思っているのか。ベトナム戦争はどう伝えられているのか」 「カンボジアではポルポトの出来事はどう教えられ、子どもたちはどう思っているのか」 「個人主義とは一体何なのだろう?ベトナムを訪れたことのある多くの人は、ベトナム人をそう称し、私も実際そう感じた。政治(官あるいは国)に期待せず、個人の幸せへと向かうそれ。しかし、カンボジアに来てよくわからなくなった。子どもたちの群れをあまり目にしなくなったせいか、カンボジアの方がよっぽどヒトが単体で存在している印象を受ける。それは、ベトナムのようにヒトやモノが雑多でなく、高級住宅街、大使館街、スラム街など、ある程度固まって位置しているからなのだろうか。カンボジア人の特徴がまだうまく掴めない。」 「ベトナムと違ってキリスト教の存在をまったく感じない仏教の国。国教なのか?排他性はないのか?」 「バラック街でもお寺だけは立派。お寺と学校が一緒になっているという話もあるし、仏教がどういう存在なのか」 「アンコール遺跡群が商業色を帯びることに対して、カンボジア人はどう思っているのか」 「不幸な人たちは、前世に悪いことをしたので仕方がない。お布施をするということは自分が来世よい暮らしができるようにという輪廻思想をもとにしていて、死生観が違うと聞いたとき、なんとなくお国柄がわかったような気がした。」 「カンボジアははじめ入ったとき、ベトナムに比べて怖いと感じて、あまり一人で歩きたくないと思った。でも実際プノンペンを一人で歩いてみると一人ひとりの人は温かく、笑顔もベトナムの人と同じように素敵だった。ただ、貧富の差はものすごく感じて、子どもに『マネーマネー』と言われた時はどうしていいか分からず、子どもとどう接していいものかも分からなくなった。自分が無意識に、子どもにはそんなこと言わずに無邪気に笑顔で遊んでて欲しい、って欲求がすごくあったせいもあるんじゃないかと思った。」 「ごみの山について、カンボジアのヒトは、裕福な暮らしをしている人はどう思っているのか。見たことある人はどれくらいいるのか」 「・・・町中で死んだように寝ている人の横で、そんなことを全く意に介さずにカフェでくつろいでいるカンボジア人たちの姿を、日本でホームレスを見ても何の感情もわかない私と重ね合わせてしまいました。・・・」 「ゴミ集積場で正直うわ〜!と思った。でも、かわいそうという感情とは違った。ゴミ山で暮らす人たちは、皆がみんなすごい笑顔だった。しかし、僕たちは顔をしかめ、鼻をおさえながら歩いている。なんかすごい嫌だった。もし自分が暮らしているところに同じように多くの人が来たら嫌だと思うし。でも、臭いんだからしょうがないという思いもある。街の人よりも笑顔があふれていた。」 ****************************************** ―支援とはなにか〜掲示板より ****************************************** 「まずゴミの山は、そこに住んでいる彼らにとっては宝の山なんだと感じました。そして私達の住む日本では、ゴミや汚染が実にクリーンな形で処理されています。スティングミアンチェのように目に見える形でゴミが処理されれば、もしかすると日本人のゴミや自然環境に対する取り組みや考え方が変わるのではないかと思います。ゴミ処理という当たり前のことが、私達には衝撃的な光景として映ってしまうんですよね。あともう一つ。私は最近物乞いにお金をあげています。いろいろ悩んだ末、私に今できることはこれしかない、と思ったからです。みなさんはどーでしょうか?」 「ホテルがあんなに立派だとは思わなかった。でも一歩出るとたくさんの物乞いがいて、生活水準のギャップを感じた。キリングフィールドで両親のいない4人の子供達がいて、同じようにお金を欲しがっていました。『4人で1ドルシェアするから。そのお金で本とペンを買うから』私は思わず1ドルを一人の子供に手渡しました。すると4人でお金の取り合い、あげくに、『もう1ドルで本が買えるから』との言葉。こんな小さな頃から人からお金をもらうことを覚え、そんなことを日常化させることを私は手伝ってしまったと思うと悲しさで一杯になりました。お金をあげるのは時と場合で私は肯定的でしたが、その時について考えさせられました。」 「何もしないのではなく、まず行動を起こして、それで駄目ならそこから考えていけばいいのでは?というある人の意見を聞いたとき、最初は乱暴で多少無責任な気がしたけど、ブティさんのVDTOや服部夫妻のセンター平和を見て考えが変わった。ブティさんも服部さんも、将来自分の学校に通っている子どもたちがどうなるかはわからないと思う。それでも活動を続けるということは、その先に素敵な青写真があるんだろうと感じた。」 「ブティさんのスクールで先生は選んでいるといっていたが、では通っている子どもたちはどうやって決めていくのだろう。ブティさんのチャリティースクールで『勉強できない子どものために校舎を大きくする予定』という内容があった。それを聞いたときに(テレサの会の)トゥンさんを思い出した。やっていること、言い方は違えど根本的な考え方一緒な感じでした。」 ****************************************** ―支援とはなにか〜トーキングタイムより ****************************************** 「ごみの山に暮らしている人がいる以上、彼らを考えない支援は良くないと思う。だから、自分ができることを考えるとき、たとえば衛生面は絶対にいいわけないわけで、だったら少しでも衛生的に良い生活ができるような人道的支援を考えるとか、いいんじゃないかって思う」 「確かにそこに暮らす人のこと考えるのは大事だと思う。でもだったら、あそこでああやって生きている人がいるのはなんでだろう。つまり、そこに暮らしている人から、衛生面ヤバイっ、変えなきゃっていう内発的欲求がないのに、衛生面改善の支援を考えるって、そこに生きている人たちのための支援といえるのか?衛生的に良くないって決めている人は、いったいどこの誰なのか?経済・物的・人道的支援のいずれにしても、そういう煙が立ってないところに火がつけられている、みたいな食い違いが気になる。 私は、そこで生きている人から何かしらの欲求、たとえば衛生面を良くしたい、今の状態は嫌だっていうとき初めて、自分ができることは何なのかを考えられると思う。それがそこに暮らす人のための支援なんじゃないか。 ハムタムのテレサの会との車椅子寄贈活動は、長年地域支援をしてきたトゥンさんが、今必要なこととして上がったことだけど、それがないあのゴミの山で自分ができることを考えたとき、自分が見てきたこと体験したこと感じたことを自分の言葉で誰かに伝えることしか思いつかない。もう一歩踏み込んでも、それを問題視している現地の人、例えばブティさんたちとこれからの行く末を一緒に見続けて、一緒に考えていく覚悟を決めることくらいかな。その先に自分の想定があるかないかに関わらず見続けていくことも一つの選択ではないか・・・」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「その子たちにとって幸せになることだったら、お金はあげていいと思う。こっちがあんまり考えすぎているだけで、その子たちにとっては、なんでもないことなのかもしれないし。」 「でもその子たちにとって幸せになることっていうのは、誰が判断してるの?例えば、その子にとって幸せになることだって、その子が言ってきたらあげるってこと?そんな雰囲気だったらいいとか?それなら、あげる自分がそう判断している感じがするよね。 それから、あんまり考えすげているだけっていうのは、どういうことだろう。もし前者であっても、幸せだっていっているとか、そういう雰囲気だろうかとか、自分で幸せになると判断するために考えなくちゃいけないことたくさんあるんじゃない? それとも、いろいろ考えたけど、もう深く考えないでバンバンあげればいいっていう結論?」 (それぞれの場面についてふり返り…) 「実は、もうよくわかんなくなってきてるんですよね。もう幸せになるのか、そうじゃないのか、その子のためか自分の自己満足のためかとか、誰の幸せかなんてよくわからない」 「一つおさえておきたいのは、たとえ1ドルというお金であっても、まずそれがこの国の子どもにとってどれだけの経済的価値があるかを知っておくことが大事なのではないか。 成人月給25〜30ドルのこの国で、わずか1ドルは成人が稼ぐ1日分以上の価値をもつ。日本で換算すれば、6〜7000円を子どもに与えているようなもの。じゃぁ、100リエル(2,3円)ならいいとか、1ドルで本やノートを買ってあげてといっても、通りすがりの日本人から得たお金がなくなったら、そのモノがつきたらどうするのか。やっぱり無責任で短絡的な感じがする。」 「お金はいけなくて、お菓子とか鉛筆とか他のものだったらいいのか、もしそうなら、何かをあげることは同じ行動なのに、どうしてあげやすいとかあげにくいとか感覚が違うんだろう。」 「そうなると、いい悪いは別にして、自分の好きなようにやるしかないと思う。その場その人によって違うし、行く末を見続ける支援活動をする、見とどけることなくお金をあげる、お金はあげないけど他のものならあげる、何もしないで通り過ぎる、そんなこと一つひとつを自分で決めてやるしかないのでは?」 ****************************************** ―エクスポージャツアーを終えて ****************************************** 2週間を通して、私は「自分の目で見ること・感じることがいかに大切か」このことに気づくことができました。 トーキングタイム(やりたいことがありすぎて一回しかでれなかった…)では、ボランティア活動の意味をもう一度ふり返る良い機会になったし、町の一人歩きは本当に怖かったけど、多くの出会いと感動を感じられた気がします。 一番印象的だったのは、ブティさんのチャリティースクール。そしてトゥンさんのテレサの会。厳しい現状が続く中で、そこからどう子どもたちを導いていくか…将来ボランティア活動のコーディネータをやってみたいと思っている私にとっては、すごく刺激的でした。きっと二人とも子どもたち…というか「人」が大好きなんだろうな、と感じました。本当に子どもたちの笑顔はサイコーでした。日本にいたら、笑顔がこんなに人を幸せなキモチにさせてくれるなんて気づけなかったと思います。 正直目をそらしたくなることもたくさんあって、事実(現実)を知ることがどれだけ辛いかへこんだりもしたけど…これからは目をそらさず、ありのままを感じ、そして「誰」かに伝えていけたら…と思います。 本当はもっと書きたいことや、トーキングタイムに参加したかったです。けれど、頭の中がごちゃごちゃしちゃって、何となくさけてしまいました…。日本に帰ってきちんと整理して、皆さんに次会うときには、しっかり意見交換できるといいなと思います。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ このツアーも最終日。いろんなことを考えた。発展途上国の事、貧富の差、子ども、人間の豊かさ、何が個にとって幸せか、純粋であること、ベトナム、カンボジアの違い、人間観の考え方、先進国の対応、 ボランティアって?、日本に帰ってできること、子どもの心、精神の強さ、弱さいろんな疑問がたくさんあって、現地の人が求めているものは何なんだろうっていうことばかり考えていたけど、つきつめていったらやっぱり愛にたどりついた。必要だから与えるっていうんじゃなくて、やっぱり、人間を実際に動かすのはそれだと思う。たとえそれで失敗しても、そういう成果は、ぜったいどこかに繋がっていくし、心の?がりにもなる。 (トーキングタイムで)先生は「川崎さんは自分のしたいように支援している」とおっしゃっていた。物的な支援の方法は、いくらでもあるし、先進国にとってしようと思えばいつでもできることだけど、私は心の繋がりを大事にしたいと思う。難しいからこそ、お金とか物よりも、全体的によい方向に進んでいくんじゃないかなぁ…抽象的すぎるかなぁ…!? 先生は私たちにできること、まずは「伝えること」とおっしゃっていた。どう言葉にしていいかわからないって事もあるけど、きっとそれは、日本の生活に慣れすぎて実感がもてないって事なのかもしれない。そこはやっぱり自分たちの生活を見直すべきなのかなぁ・・・。私たちの今の生活は、あたりまえにあることじゃないって事を、伝えた人みんなが実感して、心の片隅にでもとどめておいてくれれば、きっとこのツアーに来た目的が少しは果たせたと思う。 |