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 ベトナム・カンボジアスタディツアー2003 参加者の感想

次回のツアーは9月頃を予定しています。どなたでも参加できます。お気軽にお問い合わせください。

特別寄稿!
ツアーをコーディネートしていだいた

竹内麟太郎さん
川崎陽子さん

ベトナム・カンボジアツアーに参加して中川貴美子(法政大学文学部3年)
の旅行で、一番印象に残っていることは、タオダンでのマイコさんとの出会いだ。私より1つ年下の彼女が、単独ベトナムに行きストリートチルドレンの子ども達の面倒を見ているという話には本当に驚いた。いままでの2年間大学生という肩書きに乗り何をしていたのかと心底情けなくなった。私は将来、海外でNGOの活動をもしくは青年海外協力隊として仕事がしたいと思っている。それにも関わらず日本で特にそういった活動に関わっているわけではなかった。理由は多くあるが、一番の大きな理由は、日本で活動しても海外で役に立っているという実感が湧かないのではないか、という先入観だろう。結局のところ、惟単に自分が底まで熱意がなかっただけだと今回のツアーでわかってしまった。日本に帰国後、思ってばかりじゃダメだと思い、インターネットで教育関係のボランティアを探した。その中で在日外国人の子ども達に日本語、その他に彼等にとっての母語(英語)を教える機関を見つけた。今年から本格的にやってみようと考えている。今回のツアーはしり込みをしていた私の背中を押してくれた。何事も経験であり、きっかけにはなると改めて思うたびであった。その他にも、川崎さんやリンさんとの出会いも大きかった。二人には、本当に人を思うことはどういったことか、という点を教えてもらった気がする。それは、相手の立場に立って相手の気持ちになること。易しいように見えて、本当はすごく難しいことではないのかとつくづく思う。川崎さんのように、年を重ねても海外でバリバリ英語を話して、バイタリティあふれる女性になりたい。リンさんは、本当に優しい人なんだなと感じた。優しいというのは、生半可な優しさのことではない。こういう人も世の中にはいるんだ、と思わせるような優しさ。私の拙い日本語では表現できない。残念ながら。リンさんの行動で一つ印象に残っているものがある。物乞いの子どもにためらいもなくお金を恵んでいたのだ。私は去年タイに友人と旅行に行った際、毎日のように物乞いに遭った。その頃の私は、社会教育演習で非識字者に対する教育について調べていた。タイにいったのもその影響でなのだが、私の中で一つの結論が出ていた。真の援助とは、お金を与えることではなく、秘術(教育)を与えることというものだ。だからタイでも、お金という一過性のものは与えまいと絶対にお金は与えなかった。しかしリンさんの姿は私に、別に与えないと決め付けずに、与えたければ与えるという形でもいいのではないかと思わせるものだった。長々と書いてしまったが、要は人との出会いはどんなときでも他人に影響を与え、とても重要なものだということだ。今回まったく知らない人とも、知り合いになれたのも大きい。私は、今年の夏か、4年生の時期に一カ月以上はベトナムに行ってタオダンに戻りたいと思っている。日本の文化の一つや二つ、磨きをかけて是非とも教えてあげたい。とにかく今は、日本でできることをやる。またこういった機会があれば、お声をかけていただきたいと思う
■ベトナムでの経験を振り返って 梅田勇樹(専修大学法学部法律学科2年) 
回の旅行は私のとって、かけがえのないとてもよい思い出となりました。旅行にいく前は、どんな旅になるのかという楽しみと共に、初めて会うみんなと仲良く出来るのかなという不安もありました。しかし旅行の最後には、本当に素晴らしい仲間と、とてもよい経験ができて本当によい旅行だったと思いました。 ベトナムについたその日に、ストリートチルドレンの子ども達が暮らしている家に行きました。行く前には、もし物をくれと言われたらどうしようとか、変な心配をしてしまいました。しかし家に着くと、子ども達は笑顔で私たちを出迎え、握手を求めてきてくれました。予想以上の子ども達の出迎えに、私はうれしさを感じました。子ども達は片言の日本語で私たちに話しかけてきてくれました。かたことの日本語だったけど、私たちも子ども達もお互いのいい太古とのすべてが伝わっていたと思います。私は子ども達と写真を撮ったり五並べをしたりしたりとても貴重で楽しい時を過ごす事が出来ました。子ども達は親と暮らすことができなく、心の底には大きな悲しみをもっているはずなのに、とても明るく私たちを迎え入れ、接してくれた姿に勇気をもらうと共に、感動を覚えました。 翌日には盲学校と聾学校を訪問しました。目が見えない、耳が聞こえないという大きなハンディを背負っているにもかかわらず、子ども達は一般の教育施設で学んだり、一般社会で働くために、一生懸命学び、職業訓練もしていました。目が見えない子たちが、歌を歌ってくれたり、ギターを弾いてくれたりもしました。また職業訓練所では、バッグを作る基となる布を頑張って織っていました。障害をもっている子たちが、このように必死で頑張っている姿を見て、五体満足で生きている私は、もっとしなくちゃならないことはないのか、もっと頑張るべきことがあるのではないかと考えさせられ、また努力の大切さ、努力すれば目標は成し遂げられると強く感じました。足が悪く歩けない車椅子の男性と目が見えない女性の夫婦もいました。お互いの欠点を助け合い、協力している2人に感動しました。 この旅行でベトナムのコーディネートをしていただいた、リンさん、そしてベトナムで大変お世話になった川崎さんの関わる施設も訪問しました。ここの子ども達も私たちを明るく笑顔で出迎えてくれました。一緒に遊んだり、話したり、とても楽しい時をすごせました。 一緒にふれあい、子どもはほんとうにかわいいなと思いました。別れの際には本当に別れたくない、もっと一緒に遊びたいと思いました。
ベトナムでのことを振り返って、日本は本当に裕福な国であり、私たちは贅沢をしていると感じました。私たちが今回訪問した施設の子ども達は、私たちが普段着ているような真っ白い服を着た子は一人もいませんでした。裸足の子ども達もいました。みんな寄附された服を大事に着て、小さくなったクレヨンも捨てずに大切に使っていました。
私ももっと物に感謝し、大切にしないといけないと改めて思いました。これから日本でも、ボランティア活動に積極的に参加していきたいです。 そしてまたベトナムに行きたいと思います。
乏しい国の子ども達のために自分に出来ることを見つけ、少しづつでも力になりたいです。 普段では絶対に経験することの出来ない、素晴らしい体験をさせていただいた、御園生先生、ベトナムでのすべてをコーディネートしていただいたリンさん、川崎さんには本当に感謝しています。リンさん川崎さんには、時には面白いことを言って私たちを楽しませてくれ、体調を崩した時には面倒を見ていただき感謝しています。またこのメンバーでなにか活動が出来たらと思う。

■加藤健太郎(専修大学法学部法律学科3年) 
回の旅行に参加したきっかけは授業後、先生に「カンボジア行ってみなぃ?」と誘われてのことだった。以前から東南アジアに行ってみたいと思ってた。海外は初めてではなかったしアンコールワットとゆう世界的遺産があるとゆうことももちろん知っていた。だが一方でカンボジア、ベトナムのイメージは内戦・貧困などあまり好い印象は抱いてなかった。
飛行機に乗って6時間、ベトナムを空から見ると一面赤褐色の大地が広がっていた。日本ではあまりみられない景色だった。ホーチミンの空港を出て街を車で走っていて一番驚いたことは、とにかくバイクの数の多いとゆうことと原付でも二人、三人乗りは当たり前、斜線変更は後ろに乗ってる人が手で合図を送るとゆぅものだった。街を歩いていると当たり前のように貧しい子ども達がよってきて物を乞ったりする姿は豊かな日本ではとても考えられない光景であり体験であった。ベトナムではやはりそんな子ども達の社会的地位はとても低く、一日一日をやっと暮らしているとゆう感じにみえた。
その子ども達が自由に集い身をよせることができる施設を訪問した。そこでは同じ年の女性がボランティアとして子ども達の教育、生活の補助をしていた。本当に大変そうな感じではあったが表情からは子ども達と勉強をしたり、生活しふれあうことをすごく楽しんでいて充実感に満ちあふれていた。
自分と同い年の人がこうやって自分のやりたいこと、夢にむかって一つの経験として、勉強として活躍しているのを見て果たして自分は何がやりたいんだろう、将来の夢などもう一度考えさせられた時間でもあった。また、その他にも目や耳が不自由な子ども達の施設や学校を訪ねたがどの子ども達も一生懸命に物事に取り組んでいたことやとても明るい無邪気な笑顔が今でも印象強く残っている。ベトナムではシクロとゆう自転車の前に座席をつけた人力車に乗った。ベトナムでは一般に交通手段は車ではなくバイクタクシーやシクロといった乗り物での移動が街をより楽しむためにはかかすことができない乗り物だ。走りながら受ける風がとても気持ちよかった。カンボジアではやはりアンコールワットだろう。アンコールワットのすぐ横から昇る太陽がいつも以上にとても暖かく感じるほどまぶしかった。眠い目をこすりながら見たあのすばらしいサンセットとサンライズはこの旅行で一番感動したことであると同時にずっと忘れられない思い出になった。今回の旅行では他大学の仲間と一緒に行動して数多くの交流を深められた。こういった機会はあまりなく、よい経験になったしすごく楽しい旅行になった。また今後こうゆう機会があればぜひ参加して
見たいと思う。
野地みづ江(明治大学商学部商学科3年)
トナムとカンボジアで過ごした8日間。1ヶ月経った今でも、あの時の経験は鮮明に記憶に残っています。今まで、これほどまでに内容の濃い旅はありませんでした。毎日が充実していて、良い意味での刺激があって、とても貴重な経験になりました。
ベトナムの印象は、まず街全体に溢れる人々の活気。10年後、20年後にもう一度ベトナムを訪れたら、きっと素晴しい都市になっているだろうと感じました。街全体が1つの音楽を奏でるかのように、実ににぎやかであった。バイクの音、商人達のかけ声、数多くの外国企業の参入、長い戦いの歴史を終え、まさにこれからの経済成長を彷佛させていた。ベトナムは、ドイモイ政策以降アジアでの市場経済化を進めている。しかし、経済成長の影には貧困の2文字が見え隠れしていた。街のいたる所で見かけた物乞いをする子供達。日本人観光客を見つけるとまっ先に近寄ってきて両手を差し出し、何度も何度もおじぎをする。
靴など履いていないし、着ている服もボロボロだ。彼らにまっすぐな目で見つめられると私は固まってしまった。何もできなかった。また、カンボジアにも暗い影があった。アンコールワットでたくさんの手足のない人々に出会った。子供から老人まで本当にたくさんいた。彼らは手足がないために働くことができず、毎日アンコールワットを訪れる観光客に物乞いをして暮らしている。ある者は、どうやって登ってきたのか山道の途中でじっと座って両手を合わせていた。
地雷の被害は今もなお続いている。地雷は、作成費用が200円程度なのに対し、撤去するには何万円もかかる。その犠牲者のほとんどが罪の無い子供や農民である。しかし、残念なことに現在も戦争をしている国がある。そのため今でも地雷は作られ続けているという。この事実を知って、私は胸が張り裂けそうになった。 現在、世界でおよそ8億1500万人が飢餓状態にあり、1日に24000人が死亡している。世界の5〜17歳の子供の6人に1人(2億4600万人)が児童労働をしている。今回ベトナムとカンボジアを訪れ色々な事実を知る事ができた。カンボジアには想像以上に内戦の爪痕が残されていた。ベトナムでは、ストリートチルドレンの現状や現地の教育など様々な事を体験した。経済的援助を必要としている人々が本当にたくさんいるという事を肌で感じ、そして、肌で感じる事で、現在の問題をよりリアルに、自分なりに考えるようになった。
現代は、グローバルな時代と言われている。国境を越えて財,貨幣,サービスが自由に移動できる時代をグローバルな世界と言うそうです。しかし、アフガンやアフリカ、一部のアジア諸国には財も,貨幣も,サービスも流れて行きません。一方で富は流出するばかり。では、どうすれば世界平等に富が行き渡るようになるのでしょうか。この旅をきっかけに、私は色々な事を考えるようになりました。その中で自分にできる事を探し出し、行動に移していきたいと思います。
最後に、私はベトナムとカンボジアの人々から大切な事を教わりました。それは、豊かな心です。ベトナムの海で出会ったお父さんがわが子を見つめながら言っていました。「I'm not so rich.But I'm very happy!!!」私は、しばらくこの言葉が頭から離れませんでした。心の豊かさが、彼らの笑顔につながっているのですね。本当の豊かさとは決して貨幣量で測れるものではありません。与えられた環境の中で精一杯生きている子供達を見て、改めて思いました。この旅で出会った全ての人にお礼を言いたいと思います。本当に最高の旅をありがとう!!みんなの笑顔にまた出会うために、世界中の人々の笑顔のために、自分の笑顔のために、何が出来るか考え、悩み、答えを探していきたいと思います。

■スタディツアーを振り返って 逸見真弘(法政大学法学部3年) 
分の心の中にあるやる気を実行に移すきっかけにしたい。そして自分の中にある未知の物を発見したい。」これが私のベトナムスタディーツアーに参加するにあたっての目的でした。私は中学生ぐらいから国際関係に興味をもちはじめ、将来国際的な立場で仕事ができればいいなと思っていました。特に興味をもっていたのは、国際紛争の平和的解決に携わる仕事でした。中学生や高校生の頃は、国際関係についての知識が希薄で、どういう職業があるのかもまったくと言っていいほど知りませんでした。大学に入学し、講義でいろいろな教授のお話を聞いたりビデオを見て、自分の目の前に広い世界が広がりました。国際紛争の平和的解決にも興味があるが、海外に行って、現地の人々ともに働きたい。海外青年協力隊やNGOなどに参加して途上国の人々のために何かしたい。と思うようになりました。知識が大きくなるにしたがって、自分の世界観も大きくなり、いろいろな物事に興味を抱くようになりました。しかしそんなこととは裏腹に、その興味をどうしても行動に移せないでいたのです。国際開発援助に興味がり、NGOやNPOのボランティア活動に参加したいと思っていても、いろいろな理由をつけて参加しないでいたのです。そんな自分に嫌気がさし、自分を変えたいと思い参加させていただきました。やる気を実行に移す勇気がほしかったのです。
ベトナムでの数日間は、毎日毎日が初体験でした。激しい暑さの中をバイクが猛スピードで行き交い、クラクションを激しく鳴らしあっている光景。そのすさまじい光景が昨日のように思えます。お腹をこわしたことやパクチーに悩まされたことも今ではいい思い出です。また子どもたち一人一人の笑顔もとても印象深く記憶に残っています。彼らの笑顔は、無邪気で純粋そのものでした。不安や寂しさ一つ見せることなく。ベトナムは今、急速に発展し変化し続けています。その急速な近代化・現代化という大きな波の中で富を得る人々とそうでない人々の格差拡大とあやうさがあるということも決して忘れてはいけない事実です。そんな状況下での子どもたちのかわいい笑顔は、私に「幸せってなんだろう・・・」という疑問を問い掛けてきました。日本で何不自由なく生活している私たちは本当に幸せなのだろうか。夢もなく、ただなんとなく今を過ごしている生活が。不自由があっても、夢に向かって今を一生懸命生きている彼らの姿がとても輝いて見えました。今を一生懸命生きる姿勢こそが本当の幸せなのかと思わせられました。 このツアーを通して私が得たものは計り知れないと思います。特にやる気を実行に移す勇気を得たことや異文化を直接肌で経験できたことは、すばらしい財産だと思います。またグローバリゼーショウン下でその恩恵を受ける人々とマージナリゼーションの悲哀を受ける人々の不釣合いを垣間見たことは本当に大きいと思います。自分がベトナムで感じたこと、思ったこと、そしてベトナムの人々の暖かさを心に刻み、これらのすばらしい財産を大切にしていきたいと思います。何ができるかわかりませんが小さいことから少しずつやって行きたいです。そして自分が興味を持ったことにはどんどん挑戦して残りの大学生活を実りのあるものにし、本当の幸せを肌で実感できればと思います。「夢追うものは夢をも掴む」の精神で突き進んで行きます。 最後にベトナムスタディーツアーに参加させていただくにあたって誠にお世話になりました御園生先生、麟さん、川崎さんそして野尻幹事をはじめとする皆様に、深く感謝をもうしあげます。またこのようなすばらしい機会を与えてくださって本当にありがとうございました。これからもお世話になると思いますので、どうか末永く宜しくお願い致します。

■ベトナム・カンボジアの旅行日記近藤高史(専修大学法学部法律学科3年) 
トナム・カンボジアの旅行目記最初に、加藤君からベトナムにみんなで旅行いくんだけどいく?という'誘いがあった。自分はそのときほんと何も考えずにまあ楽しそうだからいってみるかという簡単な参加してみることにした。まだそのときは本気でいくなんて思ってもいなかった気持ちだった。それが本当になってしまうなんて…基本的に旅行は好きだし東南アジアいくのは初めてだったしどんなところだろうとった。そして日に日にその興味は増していった。でもそのときの興味があったし本当にいってよかったって今では思っている。初目、朝早く空港に集まつた時の興奮は忘れられない。どきどきしてそして緊張していた。それはいろんな大学一たちといくことだけではなく初めての東南アジアヘいくという好奇心からだったと思う。
飛行機に乗ってみると、中にはベトナムの人たちがアオサイとよばれる服を着ていてますます本格的になってきた。ここまでくると興奮が一気に高まり早く異国の土地を見てみたくなった。そして、興奮を抑えられないうちに飛行機はベトナムヘと着陸した。飛行機から降りた途端「もあ〜」という空気が体にいきわたり一気に暑さへと変わった。ついにベトナムにきたのだと確信した。周りの風景はここがベトナムなのかといたって普通の空港だつたのにこの独特の暑さで今ベトナムなんだとわかったような気がする。
空港を出ると川崎さんと麟さんがいた。麟さんはともかく川崎さんもベトナなれているんだなあっていう感じの雰囲気があった。そしてホテルに行くため車の中に荷物を入れた。車の中でこれから10目間どのような生活になるんだろうとワクワクしていた。ホテルにつき荷物を部屋におくと「あ〜ついにきたんだなあ」と加藤くんにいって興奮を抑えるため少し話しをした。ここからベトナムの5目間の旅が始まった。はっきりいってかなりカノレチャーショックを受けた。まず、料理だ。料理一つともとても全部食べれるものじやなかった。パクチーという葉っぱにはまいった。独特の臭みがありみんな日本人は食えないというのが改めてわかった。それも3日目をすぎたころからは平気になってしまいつくづく「慣れとは恐ろしいもんだ」と思った。それに値段が安い。あれだけたらふく食ってこの値段なの?っていうくらい驚いた。地元の人にとってみればきっと高いのだろうけど…日本人って本当に裕福なんだと実感それは料理に関してだけではなくストリートチルドレンたちに会ってから余計に理解できた。
親がいない、食っていけない、そのような子たちをみて日本では当たり前ではないんだと思った。みんな生きていくためにこんなに必死になってて自分たちが羨ましく感じた。それにしても一番驚いたことといえば、この子たちの目だった。なんでこんな状況なのに苦しい顔ひとつしないでにっこり笑ってて本当にきらきら輝いていて日本の子ども達のもってない目をもっていた。同情してほしいなんていっている目ではなかった。辛いなんていうことを訴えてはいなかった。こいつら本当に強いやつらなんだって思った。そして本当の幸せってなんだろうって思った。金とか裕福な生活することが幸せだと思ってたけどそうじゃないんだって。こいつらがこんなに明るいのは何なんだろうって…今でも疑問に思っている。でもこの子たちと接することで今まで何もわからなかったけど疑問をもてたことで勉強になった気がする。5日間という短い間ではあったが実体験したことで本や教科書にはない勉強をした。生きることの楽しさ、幸せとは何かって考えさせられた5日間だった。それも川崎さんや麟さんたちの協力があってのことで2度とこんな体験はできないし本当に感謝している。文章にまとめられないほどいろいろ体験したしすごく楽しかった。カンボジアでは、アンコールワットと呼ばれる遺跡を観にいった。個人的に遺跡は好きですごく興味があった。最初観はとき今の技術と同じくらいもしくはそれ以上の技術を当時の人たちはもっており「先生、これどうやって造ったんスかねえ」と聞いてしまうほどであった。すると「どうやって造ったのかねえ」といわれてしまった・笑・自分はあんま勉強してかなかったので先生の話を参考にアンコールワットのことを理解していったが、本当に素晴らしくって観るたび驚いていた。それにしてもあの暑さで階段上ったのには疲れたっけ。どれも驚いたがやっぱり日の出・日の入りはすばらしくきれいだった。あのきれいさにはみとれてしまい言葉もでなかった。とにかくとにかく毎日が充実していて辛くて大変な毎日だったけど、そういういろんなものを観ることでその辛さも楽しさへと変わり毎回が最高だった。このことは一生忘れないほどすごくて楽しかった思い出として残る気がする。とにかく、言葉にできないほど、話でも話きれないほど最高の10目間だった。本当にこの旅行にいってよかった。本当にお世話になりました。ありがとうございました。

■野地香織(東京学芸大学教育学部書道学科3年)
の衝撃的な旅から帰ってきて一ヶ月が経とうとしている。依然と同じ生活に戻っているのだが、何かが違う。私の中の何かが大きく変化していた。 ベトナムにいくことは、私にとってとても大きな決断だった。自分が何をすべきか、どうしたらいいのか分からず、以前の私は自分を追いつめていた。そんな時に先生から今回の企画を聞き、行かねばならないような衝動に駆られ、参加した。この旅が、想像以上に素晴しいものであり、また私の中に残したものは大きく、一緒に行ったメンバー・先生・陽子さん・麟さんには心から感謝し、紙面の上だがまず最初にお礼を言いたいと思う。『ありがとう!!』 今でもかなりの衝撃で記憶している事、それはベトナムの土ぼこりのまだまだ近代的とはほど遠い町並みだの、人々から感じるエネルギーが強烈だったことだ。この旅はそんな強烈なインパクトから始った。五日間の滞在の中で、私達は主に社会的弱者(障害者・盲聾者・子ども)と呼ばれる人とたちと接する事ができ、国としての保障が全くいきついていない現状を目の当たりにした。その中ででも、彼等は互いのもっているリスクを認めあい自分の能力最大限に活かす事で支えあい、補いあいながら生活していた姿を見て様々な事を考えさせられた。障害者や盲聾者は生まれた時から自分の意志とは関係なく多くのハンデを抱えており、限られた能力のみと思われがちだが、決してそうではなく、繊細な心を持ち一人一人豊かな個性を持ち合わせていた。世の中にはどんな人だってその人にしかできない事がきっとあり、いなくていい人なんて決していないのだと思う。そんな当たり前の事に改めて気付かされた。
そして子ども達である。この旅は、子ども達の笑顔が今でも浮かんでくる位、多くの子ども達の出会いがあった。タオダンの子や訪れた施設や学校の子ども、物乞いの子、海でお菓子をくれた子たくさんの笑顔に触れた。彼等もまた社会的弱者として問題を抱えている子達ばかりであった。彼等にとって何もしてあげられない私達を受け入れてくれ、かわいい笑顔を見せてくれた。私はあの無邪気な笑顔をベトナムの思い出と共に常に思い出すであろう。そして、一生わすれない。日本に帰り、いろいろ思う所はあるが、「あの笑顔を守りたい!」と日に日に思いは増していき、私にできる何かがベトナムにあり、本当に大切なものに気付かされ、見つけられた気がする。
カンボジアでは、歴史の重みと、人間の素晴しさを肌で感じた。大好きな世界史を勉強していく中で、いつかは見てみたいと思っていたアンコールは芸術だった。太古に作られたものとは到底思えない自然というキャンパスに描かれた空間の使い方、見せ方には宗教と合体し、更に深い奥深さがあった。 七日間と言う短い間だったが、本当に濃い・出会いの多い旅だった。いろんな人の温かさに触れ多くの頑張っている人を見た。タオダンのスタッフやまいこちゃん、麟さんの家族、施設の先生方、日本語学校のみんな、そしてタカとやまちゃん!!もしも私がこの旅に参加しなかったら決して会うことはなかった人達とこうして出会うことができたことに言葉では言い尽くせない喜びが込み上げてくる。 今、私の思いを文章にしようとしても全部は書ききれないことにもどかしさを感じているが、素晴しい旅であったこと、きっと一生心に残るだろう多くの場面が私の心に焼き付いていることを皆に伝えたい。そして私にとって目標ができたことが大きな財産であると同時に、今後私にできることを一生懸命考え行動していこうと思う。そして、また皆で何かをやりたい。子ども達のプレゼントを探していた時の思いのままで。

■宮沢拓也(専修大学法学部3年)
にとって初めての海外旅行のチャンスは思いがけないところからやってきた。友人の履修していた情報処理の先生が友人を誘ったのだった。それに私も便乗する形になった。初めての海外だった私は、何を準備したらよいのか全く分からず困惑していた。友人にいろいろ話を聞きながら、なんとか準備をすることができた。一緒に旅行に行くメンバーとはほぼ初対面で、初めは仲良くやっていけるかかなり不安があったが旅をしていくうちにその不安はどこかへ行ってしまった。そして、たくさんの期待と少しの不安を持って出発することになる。
私がこの旅で印象に残っていることは、なんと言っても人との出会いである。様々な大学から集まった仲間達。ベトナムで一緒にゲームをしたり、いろいろな話をしたりした日本語学校の生徒さんたち。訪問した学校・保育園の子どもたち。カンボジアでいろいろなことを教えてくれたタカ。などなど・・・。私が生きている間に一度しか会うことができない人たちもいるだろうが素晴らしい出会いを大切にしていきたいと感じた。また、この旅では日常生活では得ることのできない体験をすることができた。ベトナムのストリートチルドレンの学校では、子どもたちが温かく私たちを迎えてくれた。この学校では日本人のボランティアが活動をしていて、私も人もためになることを何かできないものだろうかと考えさせられた。聾学校においては、日本の聾学校にも訪問したことがなかったので少し戸惑いもあったが、お互いの国の歌を歌って交流することができた。また、一人一人が自立して社会生活ができるように仕事を教えるなどして支援がされていた。ベトナムの書道の先生のところに訪問した際には、日本語で書かれた作品もあり芸術的センスが乏しい私だが感動した。この他にも、地方の学校を訪問したり、海辺にも行くことができたりと楽しくとても勉強になるベトナムであった。
旅の後半は、カンボジアに移動して観光をした。アンコールワットの大きさ、繊細な技術に感動した。日本ではあまり見ることのできない日の出と日の入りを見ることができ良かったと思う。感じたことや思い出は、まだまだ書ききれないほどたくさんあるがそろそろ終わりにしたいと思う。様々な体験から感じ取ったものから人のために自分にできることはなにかをよく考えていきたい。そして、少しでも何らかの形でODAやボランティアに関わっていけたらと思う。この旅で得たものを今後の生活に生かし、少しでも現地の実情や現地での体験を周りの人に伝えていきたいと思う。最後になったが、この旅を企画していただいた御園生先生、ベトナムでタクシーなど様々なことを手配してくださった川崎さん、通訳として旅に同行していただいたリンさん、こんな私と楽しく旅をしてくれた仲間達、本当にみなさんありがとうございました。

■鈴木秀樹(横浜商科大学3年
トナムで見たり感じてきたコンピュータとは、日本で育った自分には創造もつかない現実だった。 まずベトナムで驚かされたことは、空港に着いて、そこから車の移動中に見た外の様子で、それはバイクの量だった。車が信号などで止まると、車の周りにはバイクだらけで青信号になると雪崩のように一斉に走り出し、車の走行中も回りはバイクだらけで常にクラクションを鳴らしながら走っている有様だった。日本では横断歩道を渡るのが常識だが、ベトナムには、信号の数が少なく反対側の補導に渡るために大通りで交通量の多いとおりを引かれないように少しずつ進みながら道を渡った。日本では交通量の多い道路を横切ろうとする人はほとんどいないのに、ベトナムでは道を渡ろうと車やバイクの走っている中にたっている日と階いるところを何度も見かけた。
補導を歩いていると、5〜6人の子ども達が物乞いに集まってきて、お辞儀をしているのか、睨み付けるような目をしながら、ついてきた。こんなことは初めてなので、どのように接していいのかわからず、その子の物乞いのお金を入れるために持っていた帽子をそのこに被せてみた。そしたら、さっきまでこわばった顔から笑顔に変わったところを見て、ちゃんと笑えるんだなって思った。こんな4〜5歳くらいのちいさな子が、物乞いをしながら生活しなきゃいけない現実を知って、複雑な気持ちになった。小さなときから物乞いをして生活するなど日本では見られないことだし、その様な光景を見ると自分達は恵まれているんだとはじめて実感した。 ベトナム戦争の影響で親がいなかったり、障害をもって生まれてしまう子を目にして、戦争は過去のものではなく今も人々にその影響を与えていた。盲目の子のための施設や、孤児院を見てきて、これらのセ節がいくつもあるから驚きだった。障害者達の職業訓練所では、眼が見えなくてもみえる人と同じ様に歩いていたり、作業をしている姿からは、障害を持っている人には見えなく、とても知から強く、生きている様に見えた。例えば障害を持っていても、自分で職業訓練をして、自分の力で生きていこうとする姿勢をとても強く感じた。もし、自分が障害を持っていたら、そこまで強く生きようとできるのかと思う。 ベトナムではエイズの感染者も多く、そのなかで見たエイズ感染者の受け入れ施設は、ほったて小屋と豚小屋がくっついたよういたようなところだった。そこには修道女の人と、9人の家族が暮らしていて豚を飼い、それを売って生活していて台所の隣に豚小屋があり、もともと豚小屋だったところを台所として使っているため衛生的には悪そうだった。その様な生活でも、エイズの感染者を受け入れようとする気落ちが濃いと思った。このようなベトナムの現実を見て来て、初めて世の中にはこんな所があるんだと肌で実感できて、これから生きていく上での考え方にスゴイ影響だったと思う.日本に帰ってきても、コンビニのレジの横などにある募金箱にお金を入れるなど、少しずつだけれど、自分ができることを考えていきたいと思う。

■堀田奈緒(法政大学文学部史学科3年) 
トナムでは、初日に行ったストリートチルドレンを受けいれている施設で出会った、日本人のマイコさんの言葉が印象に残っている。マイコさんはこの施設で子どもたちと一緒に生活をし、歌やダンスや日本語を教え、ボランティアとして子どもたちのめんどうをみているそうだ。ベトナムという日本から遠く離れた土地で、ボランティアをやろうという意識の高さや行動力がすごいと思った。マイコさんは、「落ち込んだり不安になったりする時もあるけれど、家も家族もいないかもしれない子どもたちが元気にしている姿を見ると、自分の悩みは何てちっぽけなものなのだろうと思い、がんばろうと思う」と言っていた。子どもたちとの触れ合いの中で励まされたり元気づけられたり、多くを与えられている分、マイコさんはもっと多くの愛情を子どもたちに与えようとしている。子どもたちをすごく可愛がっている様子がうかがえた。ボランティアをやって、本当に良かったと話していた。
これと関連して、職業訓練を受けている18歳以上の人たちの活動も見に行った。大きな川のそばの風通しの良い場所で、糸を使い、器用にバッグや人形を作っていた。目の見えない人や足が不自由な人たちが、働きながら生活している。屋根は「やしの葉」でできているという家に住み、中には大きなベッドがいくつも並んでいた。とても住み心地の良さそうなきれいな所だった。地方にあるベトナムの小学校にも訪れた。子どもたちと粘土や折り紙で遊んだ。粘土遊びでは子どもの興味を惹きそうなものを作ろうと努力したのだが、イチゴやバナナ、蛇など簡単なものしか思いつかず、始めは苦戦した。しかし、蛇は意外にヒットだったらしく、子どもがとても喜んでくれたので嬉しかった。学校生徒全員で歌を披露してくれたので、私たちもお返しに歌を歌った。子どもたちは人なつっこくとてもかわいかった。 最終日のベトナム人学生との交流会では、女子は「世界に1つだけの花」を手話つきで歌った。英語のできない私はベトナム人と話すのにとても苦労した。何人かの女の子と話していて、一番驚いた質問は「恋人がいますか?」と聞かれたことだった。言葉はあまり通じなかったけれど、英語ができる人もそばにいたし、こちらの言葉を一生懸命理解しようとしてくれたので、私も何とか意思を伝えようと努力した。また、たくさんの料理をどんどん進めてくれるので、食べるのも大変だったけど楽しかった。 夕食の後には、みんなでゲームをした。輪になって支持に従ったとおりに動かないと罰ゲーム。罰ゲームはほとんどさらしもの状態な上、たまにゲームのルールが分からなかったり、反射神経をためされるような遊びもあったので緊張した。けれど、夢中になって遊んだのは久々だったのでとても楽しかった。 ベトナムで目に入ったのは、小さい子どもの物乞いが多かったことだ。日本人は目立つようで、ホテルからの道を通るとかなり長い距離を後からついてきた。お金はあげられなかったけれど、野尻さんが分けたフルーツを渡したらとても喜んで、どこかに行ってしまった。栄養状態が良くないせいか、とても細くて小さい子どもたちが毎日物乞いをして暮らしているのかと思うと複雑な心境になる。 人口600万人を超すホーチミン市では、2万人とも3万人とも言われる貧しい子どもたちが路上で生活している。両親のいない子どもは、行政が施設に収容する。大半の子どもは親はいても貧しく、働いて家計を助けている。農村部から流入し、戸籍がないため、学びたくても学校に行けない子どもも多い。澄んだ瞳、人なつっこい笑顔の裏には、きょうの食べ物にも事欠く厳しい生活がある。1975年にベトナム戦争が終わり、1976年にベトナム全土が社会主義となった。ベトナム政府は、社会主義国の先輩であるソ連(現ロシア)の経済政策を真似たが、失敗した。一時は貧しさのために米が食べられずに芋やとうもろこしを食べていたほどである。そして、この状況を改善するために、1986年に「ドイモイ」という政策をとった。これは社会主義国なのに、経済には資本主義を導入するという、変則的な政策である。ドイモイの成果で、一部の人は大金持ちになり、ホーチミンではプール付きの豪邸に住んでいる人もいる。しかし、豊かな人が益々お金持ちになっていく反面、農民などは相変わらず貧しい生活のまま。都市間(ホーチミンと地方)の格差、都市と農村の格差、裕福な人と貧しい人の格差など、貧富の差があらゆる面で広がってしまったわけである。このまま格差が広がったままでは、今後もストリートチルドレンが増え続ける可能性はある。そうした中でも、ベトナムに暮らす貧しい人たちは生きていかなければならない。仕事もなく、住むところもなく、知り合いもいないとき、自分だったらどうするであろう。市役所や児童相談所を訪ねて、相談をするのか。ベトナムには日本のように誰でも「生活保護」を受けられるような、社会保障制度が整っていない。誰にも頼ることができないのである。そうした人たちが、路上や公園、他人の家の軒下で寝泊りをし、物乞いやクズ拾いをしながら生活している。ベトナムにはストリートチルドレンだけではなく、大人の路上生活者や物乞いもたくさんいる。こうした人たちを助けるために、ベトナム政府や海外ボランティア団体が、その人たちのために生活する施設を作ったり、職業訓練所を作ったり、学費の支援をしている。今回のスタディーツアーでは、ベトナムの人たちの生活を垣間見られて良かったと思う。路上で生活する人々が物乞いをしなくても食事をしたり学校に行ったり、普通の生活をおくれるようにするためには、世界の貧困問題について考え、さらに自分自身で実践するということが必要なのではないかと思う。贅沢な暮らしをしている日本人だから支援することもできるし、逆に私たちがストリートチルドレンたちから得ることもあるだろう。また是非このようなツアーに参加し、この問題について自分で取り組んでいきたいと
思っている。

■永松由佳里(東京学芸大学教育学部書道学科3年) 
トナムの空港に着いた瞬間、目本がまだ真冬の寒さであったのに対し、むっとする空気、暑いの一言から始まった今回の旅。すべてが私にとっては新鮮なものでした。相田みつをの詩の一節に「その時の出逢いが人生を根底から変えることがあるよき出逢いを」というのがありますが、私にとってはこれにプラスして、その時の行動がというのも含まれるかもしれません。単なる旅行ではなく、ベトナムにおける教育施設、教育活動、そしてストリートチルドレンケアセンター、ベトナム書道など、とにかく目本と共通点があるようで全く違う環境に、カメラを片手に何かに必死になっている自分がいました。そして、改めて私は子どもが好き、人が好きだということにも気付き、またこれまでは何となく聞き流してきたボランティアやNGO,NPOにも興味が湧いてきたことが今回の旅における私自身の成長ではないかと思っています。べトナムにしてもカンボジアにしても、もっと戦争や内戦の跡が生々しいのかと現地に行くまでは勝手な想像がありましたが、世の中の動きは早いなと感じるほど想像以上にきれいな街並みにびっくりしました。しかし、私が気付かないだけで心に残った傷などはたくさんあるのだろうと思うとやはり、平和が1番です。帰国して間もなく、早速、戦争が始まった国もありますが、1目でも早く終わって欲しいと願うばかりです。ベトナムで出逢った子ども達の笑顔が頭をよぎって仕方ありません。「マネー,マネー」と歩み寄ってくる小さな子ども達に何もしてあげられないどころか逃げ回った自分達の姿が情けなく感じます。また、そのような子どもが世界にはいるという事実にもぶち当たり、それが、私にとっては人きなカルチャーショックでした。そんな中、目本では味わえない楽しさ、スリルもありました。それは、道を渡るという行動です。ものすごいバイクの列に少しずつ,少しずつ入っていくスリルは慣れるまでは自殺行為だとおどおどしましたがいつのまにかそれが普通と感じる生活に国のアバウトさを覚えました。また、バイクの3人乗りも楽しかったし、バイタクという交通手段も目本にはない新鮮さでした。そして、移動の車やホテノレの部屋で練習した『世界に1つだけの花』や『地上の星』の合唱は日本の楽曲を伝えたという意味でも忘れられないテーマ曲です。豊かな生活に慣れてしまうとどうしてもそれ以上の事を求めてしまいますが、みんなで歌を歌うということでも小さな幸せを感じました。公立の小学校や盲学校での出し物としてのプレゼント曲、またこんにちはという片言の目本語を小学生みんなが言ってくれた事。本当に交流そのものが楽しかったです。もしかすると、何かを共存できる相手、伸間がいるということが、人間として生きていく上で、1番価値あるものなのかもしれません。だからこそ、ますますストリートチルドレンケアセンターなどの施設の果たす役割が重要だと思いました。私にまいこさんのような強さがあれば…と自分自身もっと強くなりたいです。そしていつかもう一度たずねてみようと思います。その時は筆を持って…。

木部真希(法政大学人間環境学部人間環境学科)
「憾動し疲れた」これが今回のスタディーツアーに参加しての率直な感想です。私にとって今回が初めてアジアを訪れる機会であったということもありますが、こんなにも沢山驚き、喜び、感じ、感覚や神経を使いすぎて疲れたと嬉しい悲鳴を上げるようになるなど想像もつきませんでした。それはベトナム空港を出たその時から始まりました。人々の目には力強さがあり、そこに立っているだけで押し追ってくるものを感じました。と同時に、すぐそばに広がっている世界に大きな不安感と壁のようなものを感じてしまいました。そんな思いを抱えたままTAO一DANの施設に行き、恐る恐る中に入って行きました。しかし、本当に自然に子どもたちの中に入って一緒に遊んでいる人や話しかけている人がいて、ハヅとさせられました。せっかく二こまで来たのに受身では何も始まらない。自分から飛び込んでいかなければ、何も感じることもできないし掴むこともできないと思い、言葉が通じなくてもいいからいろんな人とコミュニケーションをとれるように気持ちを切り替えました。今回のヅアーで訪れた施設の関係者の方は勿論、買い物先の店員さんや、ホテルの従業員さん、そして警察官の方やお散歩中の親子…日本では考えられないくらい大勢の人に話しかけている自分がいました。
なかでも、私と同じ年くらいの子は、既に仕事に就いている人がほとんどだったので、仕事の内容や毎目の生活サイクノレ、英語で会話をしていたのでどんな勉強をどのくらいの期間したのか、自分の仕事をどう思っているのかという質間を投げかけてみました。彼女たちの答えからは、仕事や将来としっかりと向き合っていて、前向きに努カを続けているという印象を強く受けました。ギスギスした感じも無く、何かに追われながら仕事をし、生活をしているのではなく、白ら進んでいっていうように感じました。よく、「自分の価値観を基準にし、人に押し付けてはいけない」ということを聞きます。確かにそうだと思いますが、私は「自分の価値観を基準に物事を見つめてみる」のはいいと思います。そうすることで、相違点や疑間点が浮かび上がり、考えるきっかけとなる小さな“種"を得ることができるからです。その“種"を育てていく時に、先入観や価値観に縛られなければいいのですから…大学3年牛の3月といえば、蹴活」の.真っ只中です。周りの友人たちはリクルートスーツに身を包み、毎目のように会杜説明会や選考会へと飛び回っています。就職先の員処が'全く立っていない私にとって、この時期にベトナム・カンボジアに来るということはかなり勇気のいることでした。しかし、今回のヅアーに参加して、私の就活に対する考え方が少し変わりました。それまでは、就活だからといって今まで続けてきたものを打ち切って、採用試験対策だけを生活の中心にしなけれぱいけないという雰囲気に違和感がありながらも、仕方なく動いていました。けれど、大学は就職予備校ではありません。それぞれの大学生活の延長線上に就職や杜会に出る事があるのであって、線引きする必要は無いのではないかと思うようになりました。と偉そうなことを書いているのですが、未だに就活中です。けれど、以前より楽しんで受けているような気がします。こうやって思えるようになったのも私にとっては大きな収穫です。私の大学生活は残り一年です。その最後の1年間は今まで過ごしてきた3年間に負けないくらい、自分がいる環境を最大限活かして、これまで以上にいろんなことを見て、聞いて、感じてみたいと思います。そして、社会人1年生の自分にバトンをわたせたらいいと思います。

中川貴美子
梅田勇樹
加藤健太
野地みづ江
逸見真弘
近藤高史
野地香織
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永松由佳里
木部真希